ライターがいなくなる日
上の写真は、小学校1年生の娘が持ち帰った学校のプリントです。
繰り上がりのある足し算で2桁の数を2つにわけ、10のまとまりを作って計算する、さくらんぼ問題ですね。
娘のプリントは2桁の数を分けることはすべてできていますが、なぜか答えを書いていません。
なので、回答としてはバツです。
これは大人から見ると「問題をちゃんと読んでない」あるいは「問題の意味がわかっていない」ように映ります。それで「若い世代の読解力が低下している」などというわけですね。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
「繰り返し」が文章を読まない状況をつくっている
実はこのプリントは両面あるのですが、娘はもう片側も同じように回答していました。
娘の様子を見て私が思ったのは、この間違いは「問題を読んでない」とか「意味がわかっていない」からではなく、別のところにあるのかもしれない。ということです。
それは、2桁の数を2つに分ける練習をし続けた結果とは考えられないだろうか?ということ。
つまり反復練習ばかりしてきたせいで、問題を読まなくてもいいと思うようになった。→問題が変わっていることに気がつかない、という仮説です。
ゲームチェンジが起きていることに気づいてない。これは大人の世界でもよく言われることですが、それは小学校からはじまっている。公教育の欠陥だな、そう思わせる事象でした。
イントロがだいぶ長くなりましたが、今週はライターの将来性と今後の対策について考えたことをシェアします。
Craftが実証。AIが書く日本語が格段に上達している
ここ数年、AIが飛躍的に進化していると言われています。元翻訳者の立場から見ても、機械翻訳の精度は格段に上がっていて、英文から和文もだいぶこなれた日本語になったなぁと感じます。
ライティングのはどうでしょう。まだまだAIが文章を書くのは難しいのでは?そう思っていると、足元をすくわれるかもしれません。